岡山 原尾島の塾 受験塾 進学塾ならふたば塾 5教科すべてに強い1対1個別指導塾 演習指導塾 少人数指導塾   岡山県の国立/県立中学受験・私立中学受験・岡山県立高校受験・私立高校受験・大学受験対策対応  小中高生/既卒生の復習・先取り授業対応  定期テスト・自己診断テスト対策 他塾の補習・サポート授業対応の学習塾

理系講師Mのよもやま話②

  • HOME »
  • 理系講師Mのよもやま話②

こんにちは。

理系講師Mです。

最近、覆面講師T先生のコラムの
筆が調子良く乗っているようなので、
少しコラムコーナーも盛り上げるために
本当に微力ながら
超久々に私もコラムを載せることにします。

ここ数週間、
T先生から
”コラムのネタ切れじゃないの?”
といじられているので、少しだけ抵抗してみます。

ネタは結構あるのですが、
忙しくてなかなか書く時間がなくて
ある程度まとまった文章にするには
落ち着いて内容や構成を頭で整理しないと
書けないんですよ。

私は文才があまりないので、
T先生、プロの執筆家として
私のネタを伝えるので、
前振り短め、本題早めで
編集手伝って下さい。

ということで今回のテーマは
俺の勝負飯

俺の勝負飯

はじめに

人間が約80年生きるとして1年365日1日3回の食事。
80年×365日×3回=87600回

人は一生のうちに約87600回の食事をします。
それぞれの食事は87600回分の1回だが、コンディションを整えたい時、
勝負の前に気分を盛り上げたい時、おもてなしの時、
自分の存在感や価値観をアピールする時など様々な場面で食事は重要な役割をします。

歴史をひもといてみると
安芸国の小さな領主からほぼ中国地方全域を支配する大大名になった毛利元就は
いつも餅を用意していた。

餅は腹持ちが良く、高カロリーである。
白米だと2、3時間で空腹になり空腹時に敵に攻撃されると惨敗する可能性がある。
しかし、腹持ちの良い餅なら長い時間臨戦態勢を保つことができる。
この餅を使って大勝した戦いとして厳島の戦いが知られています。
この時、毛利軍3000人ほどで敵3万人の大軍を撃破したと言われています。

越後の武将上杉謙信は普段一汁一菜の質素は食事でしたが、
ひとたび出陣となれば士気を高めるために飯を山のように炊かせ、
部下将兵に山海の幸をふんだんにふるまっていました。


かちどき飯(再現)

日常の質素な食事から普段食べない食材などを食べて非日常を演出し、
自分や部下の気合いのスイッチをいれる道具に使ったようです。
それが現在の上越地方に“かちどき飯”として伝えられています。

また、アメリカのマシュー・C・ペリーが日本に黒船でやって来て、
日米和親条約を締結した際、最初に日本側が、
日本料理をふるまいました。

それに対して、ペリーは返礼の午餐会でパリ仕込みの料理をふるまいました。
ペリーは日本との関係が良好に運ぶように食事を計画していて、
当時の日本では手に入りにくかった生きた牛、羊、にわとり、
さらにはたくさんの種類のハムや果物ももってきて料理に使ったようです。


日米和親条約締結の際にふるまれた料理(再現)

ペリーは自分の存在感ををアピールし、
絶対に交渉を成功させるぞという熱意を料理で演出を使って相手に伝えていたのです。
それほどまでに交渉の手段としての料理の演出を重要視していました。

このように歴史上の重要場面で食事が重要な役割の勝負飯として使われてきました。

今回、僭越ながら私が“俺の勝負飯”を毛利元就、上杉謙信やペリー提督の食事と比較して
食事にどのような重要な役割があるか考察してみました。

 

俺の勝負飯1(毛利元就の餅との比較)

私は餅が好物で正月でなくてもよく餅を食べています。
学生時代の模擬試験や受験の際、よく朝食で餅を食べて行っていました。
この時は、好きで食べていただけなのですが、
元就のエピソードを照らし合わせると、知らず知らずの間に腹持ちの良い餅を選択して、
俺の勝負飯になっていたようでした。
試験になると昼食まで4科目くらいの試験を行っていたので、
頭を使った後の昼食時には、ものすごく空腹感があったのを覚えています。
今考えてみると、腹持ちの良い餅で結果的に私も長く臨戦態勢を保っていたのだと思います。

俺の勝負飯2(上杉謙信のかちどき飯との比較)

私は大切な勝負がある前には、日本銀行岡山支店近くの雅芳というとんかつ屋に行くことがあります。
勝負に勝つととん”かつ”のゴロ合わせでもあります。
ここで、私はとんかつと茶そば同時にを食べて大切な勝負に気合いを入れてきました。

これを上杉謙信のかちどき飯と比較してみました。
謙信は普段は質素な食生活でしたが、
いくさの前に飯を山のように炊かせ、
普段は食べない山海の幸で非日常を演出して
自分自身や部下将兵たちに気合をいれて士気を高めていました。
一方、私は大切な勝負のまえにとんかつと普段は食べることのない茶そばを一度に食べていました。
一度に食べることは普段はしないことです。
これらはかちどき飯を使って気合いを入れてきた上杉謙信に似ていると考えました。

 

表にすると

謙信のかちどき飯と俺の勝負飯の比較

謙信のかちどき飯 俺の勝負飯
山のような飯 とんかつ + 茶そば
普段食べないもの 山海の幸 茶そば

 

俺の勝負飯は単に美味しいものを食べることのイベントにしていましたが、
知らず知らずの間に“俺の勝負飯”も謙信のかちどき飯と
同じような演出によって気合い入れていたことがわかりました。


俺の勝負飯3(マシュー・
C・ペリーのフランス料理との比較)

マシュー・C・ペリーのケースで考えた場合、
私が仕事などでお店を利用して相手をもてなすケースはありますが、
自分自身が料理そのものをコーディネートして相手をもてなしたり、
交渉する機会はなかなかありません。
そこで、このケースは私がペリーのように交渉時の料理をコーディネートできる立場にあるという、
もしものお話で考察したいと思います。

ペリーが目をつけていたのは、当時の日本では手に入りにくい食材をふんだんに使い、
自分にしかできない特別感で食事を演出して自分の熱意を相手に伝えています。

これを私がペリーの観点で私が提案するなら県外のお客さんに岡山の白桃を使った料理をふるまいます。
白桃の時期は限られていますし、
保存時間の問題や輸送で白桃が傷みやすいので提供するレア感でその価値を高めることができます。
そのままで白桃食べても良いですが、
白桃を使ったサラダやスープなどで特別感が演出可能です。
白桃でインパクトのある美味なメインディシュが提供できれば、最高です。
(これが結構難しいかも。)

白桃のスープ

白桃のサラダ

白桃は県外の方には珍しがられますし、好評だと思います。
他の地域で手に入りにくい食材を料理に使い食事の演出に使えば、
ペリーの手法と同じになります。
さらに交渉の内容によっては
料理を使って相手にこちらの重要なメッセージを読み取らすことができれば、理想的です。

このような手法は昔から現在現在に至るまで、
世界中の外交やビジネスなどの舞台で日常的に使われています。

 

まとめ

毛利元就は餅の食材としての機能で持久力を高め、
上杉謙信は食事で非日常を演出して士気を高め、
マシュー・C・ペリーは自分にしか手に入らない食材を使い、
交渉に対する熱意を相手に伝えようとしました。

食事は人間が活動するための栄養を摂取することが主な目的です。
しかし、食事は時には気持ちを盛り上げたり、
交渉の手段として効果的なアイテムになると思われます。
歴史上の偉人たちも食事を様々な形で有効に利用しています。
私たちもその食事の意味合いを考えて利用することで自らの勝負飯とすることができます。
またこれらの豆知識を食事しながら雑談に加えれば、これも食事の一皿となりえます。

みなさんも歴史の偉人たちや有名人たちの勝負飯を参考に
自分自身の勝負飯を考えてみませんか?

今回は
ちょっとサラッとしすぎですね。
もう少し各パートのより深い考察があった方が良かったですね。
次回以降の反省材料にします。

 

参考文献

永山久夫 武将メシ 宝島社 2013年

布施秀治 上杉謙信伝 歴史図書社 1968年

黒岩比左子 歴史のかげにグルメあり 文藝春秋 2008年

オフィス宮崎 ペリー艦隊日本遠征記 下 万来社 2009年

ふたば塾へのメールでのお問合せは24時間受付中 info@futaba-juku.jp TEL 086-230-0256 受付時間 9:00 - 20:00

  • facebook

月別ブログ

ブログ内容分類

年別アーカイブ

日本漢字能力検定

PAGETOP
Copyright © ふたば塾 All Rights Reserved.
PAGE TOP